ここでは、レッスン3で作成した、工程フローダイアグラムをもとに、工程にひそんでいる危害を抽出していきます。
ここで対象となるのは、食品を介してそれを食べる消費者に、身体的被害をもたらす危害です。だからと言って、直接危害に繋がらないものは考えなくてもいいわけではありません。毛髪一本だって、ひょっとして黄色ブドウ球菌やその他の食中毒菌がついていたら、食中毒事故に発展する可能性があります。
作業者は毎日の作業の中で見慣れてしまい、重大な危害を感じなくなっているかもしれません。危害の抽出には色々な立場の人の参加を求め、見落としがないように注意しましょう。
さて、危害の抽出に取り掛かる前に、「危害とはどんなものか」考えてみましょう。
労働災害の指標として、「ハインリッヒの法則」と呼ばれる統計があります。
ある工場で調査したところ、1件の重大事故が発生する背景には、軽微な事故29件と、ヒヤリとしたりハットさせられた事例が300件発生していたというものです。
さらに、幾千もの不安全な行為や状態が存在し、それらの98%が予防可能なもであったということです。
あなたは、決められた手洗いのタイミングを守らなかった経験はないですか?その他の衛生ルールも、守らなければ不衛生な行為を行ったことになります。
また、お客様からのちょっとしたクレームが、日常茶飯事になってはいないでしょうか。
小さい危害もそのままにしていると、重大な品質事故につながる可能性があります。危害抽出の際は、小さな危害のタネを見落とさないようにしましょう。
危害要因の抽出で、ぜひ検討していただきたい項目を明記したものが、危害要因リストです。
これらの項目はどこの事業所でも共通する項目です。あなたの製造工程でも、これらの項目につき、どんな危害があり、どのように対応するか考えてみてください。
この項目以外でも、頻繁に起こるクレームや、食品の廃棄につながった事故やミスについても、原因になった危害を考えましょう。
消費者の身体的な傷害に関わる危害は、もちろん防ぐべき重要なものですが、昆虫やネズミ由来物などの不快異物の混入も、消費者の精神的なダメージになりますし、その異物が食中毒菌を含んでいる可能性もあります。
ひび割れの入ったガラス食器や、調味料の瓶の口は、そのまま使用すると危険異物につながりますし、壁のタイルに台車が接触すると、タイルの破片が食品に混入する危険があります。
手洗いについても、ルールがあるから大丈夫なのではなく、もし、今ルールが全員に守られない現実があるのなら、重大な危害につながりかねません。
今ある状態や問題点を、一番感じているのは実際作業を行なっている作業者です。みんなの意見を聞きながら、どんな危害が存在し、どうすれば防止できるかを考えてみましょう。
せっかくの機会ですので、一度考えられるすべての危害を、ブレインストーミングの要領で、書き出してみましょう。
書き出し方は、工程フローダイアグラムと、記入用紙を、参加する人数分印刷して配布します。そして、実際に作業しているところを見ながら、危害を考えるようにしてください。フローダイアグラムにない工程が発見された場合は、フローダイアグラムの修正が必要です。 次に、それぞれの危害要因について説明していきます。
生物的危害は、食中毒や、腐敗につながる危害です。
ここでは、食中毒事故の成立ちについて考えてみましょう。
きっかけは、生の食品に含まれている食中毒菌の場合と、人が持ち込む食中毒菌の場合があります。
どちらの場合も、作業者の手や、保管中のそのまま食べる食品への接触により、微量な汚染が徐々に広がります。
特に、生肉や生鮮魚介類を扱った後や、トイレの後の手洗いは、食中毒菌の直接的な汚染に繋がりますので、決められた手洗いルールを、全員が正しく実施していることが重要です。
従業員に下痢や吐き気、発熱のある場合は作業に従事しないルールが、守られているでしょうか。また、作業者はいつ自分が食中毒菌の健康保菌者になるかわからないことや、手の傷や手荒れに黄色ブドウ球菌が生息している危険を認識しているでしょうか。教育されていないことが危害で、重大な事故につながります。
生鮮食品には、色々な食中毒菌が含まれる可能性があります。
そして、それを扱った手で触れた箇所にも、菌が付着してしまいます。
そんな汚染した箇所を、そのまま食べる食品を扱う作業者が触ると、お客様が食べる食品に、食中毒菌が二次汚染してしまいます。
その食中毒菌が、少量の菌数でも食中毒を発症する、カンピロバクターやO157、ノロウイルスだったら、そして、食べたのが小さい子供さんや、高齢者、持病のある人など、抵抗力が低下している人だったら、重篤な食中毒が発症する可能性が高くなります。
この場合、作業場を汚染作業区、準清浄作業区、清浄作業区に区分して、相互汚染を防止しますが、その場合も、作業者がどのような動きをしているかが、危害のポイントになります。
食品が不適当な温度で長時間置かれることにより、汚染菌が発症に十分な菌数に増殖したり、毒素を生成したりする危害が高まります。
食品の扱い方や、保管状況も細かく確認してください。
次に、物理的危害について、食べた人が怪我をしかねない、硬質異物の中で、金属片の混入危害を考えてみます。
実際に事故クレームに繋がりやすいのは、厨房内で使う、包丁や、金属ザルなどの器具や、機器のねじや部品などの破損片です。
作業場内で使用するカッターの刃や、ゼムクリップや押しピン等の文具類、スチールタワシの破片も製品に混入することが多く、製造場所内での使用を禁止している所が多くなっています。
製造に機器を使用する場合、ボルトやナットの外れや、補修の金属テープなども異物混入につながります。
他に、消費者の健康被害につながる硬質異物に、ガラスや陶器の食器片、器具や設備の破損によるプラスチックやコンクリート片などが考えられます。
化学的危害では、薬品などの化学物質の混入や、表示していないアレルギー物質のコンタミネーションの問題があります。
食物アレルギーは、学齢期以下の子供に多く見られ、重篤な場合は呼吸困難や血圧低下、意識喪失等のアナフラキシーショックにより、死に至る場合があります。
特に、卵、牛乳、小麦は事故例が多い食品で、落花生、そば、エビ・カニは重症化しやすいため、これらを特定物質と呼び、表示や説明の義務があります。
もし、表示が違っていたり、アレルゲンを含む原材料を誤使用したり、製造中や保管中にアレルゲン物質のコンタミネーションが発生した場合、微量の混入であっても、発症につながる恐れがあり危険です。 同様に、洗剤や殺菌剤という化学物質でも、混入の可能性について、十分確認してください。
各自が記入した結果は、取りまとめを行う担当者が集めて、工程ごとに全てをリストにして、同じ内容のものを整理してください。
実は、この危害抽出が、HACCPの構築で最も重要な作業と言えます。
なぜなら、ここで見つけ出せない危害は、対策されることなく放置されるからです。
小さい危害であっても、一つ一つに対応していくことが大切です。例えば、現場を確認した時に、たまたま発見した汚染箇所や作業者の不衛生な行為でも、一回だけやこの時だけの不良が大きい事故につながる場合もあるのです。どうすればそのような状態を無くせるか、対応を考えることはとても重要です。
食中毒が起こった場合、発生状況の判断から、保健所が原因施設と断定すると、数日間の営業停止処分になります。規模が大きい事件になると、ニュースとして大きく取り上げられ、株価が下がったり、会社の存続が危うくなったり、今までにそういう事件を多く見てきました。
今まで大丈夫だから今後ずっと大丈夫という保証はありません。危害分析の際にまず考えて欲しいのは、自分はどんな時に衛生ルールを守れなかったかです。この提出された危害抽出用紙は、HACCP構築の実施資料として保管しておいてください。