今年はオリンピックが開催される予定でした。各国から集まる選手に提供する食事の安全性を確保するため、急いで「日本HACCP」の制度化を実現する必要がありました。
日本の食は、生食メニューが多いこと、小規模・零細企業がほとんどを占めることなどから、HACCPの定着は難しいと言われていました。しかしながら、インバウンド客も順調に増加し、ユネスコの無形文化遺産に登録された「和食」への関心も高まっており、世界的な流れであるHACCPの制度化を、日本でも取り入れないわけにはいかない事情であった事は理解できます。
本当でやる気なのかと思っていたら、2018年に慌ただしく食品衛生法を改正し、今年6月に施行されました。猶予期間である来年6月には、HACCPを取り入れた食品衛生管理が制度化されます。その間に、主体となる各地方自治体保健所で、セミナーや事業所の監査により、HACCPの実施について教育する予定でした。そんな中、新型コロナウイルス感染が始まり、人の動きが止まって、食品業界は大きなダメージを受けることになります。
小さい食品業者は廃業するところが増加しています。もちろん、三密防止のためセミナーや講習会はすべて中止になり予定された教育は進んでいない状況です。そしてそんな中、少し感染が落ち着いてきたこの頃になって、食中毒が増加しているのは注意すべきことです。
9月に入ってから、仕出し弁当の腸管毒素原性大腸菌O25で155人、同じく仕出し弁当のウェルシュ菌で95人、飲食店で調理したうなぎ弁当のサルモネラ で50人、ホテルで提供した食事のウェルシュ菌で27人、保育所の調理した食事のサルモネラ で54人と、食中毒のニュースが続いています。
サルモネラ やウェルシュという菌群は、自然界の至る所に存在します。そして、原材料である肉や魚介、野菜などをまばらに汚染しています。いつも危険なのではなく、稀に存在し、製造者の隙を狙って食品を汚染し、増殖して食中毒を発生させるのです。本来、原材料に存在しうる危害に対し、その危害を無くすか、安全なレベルにまで減少するため、行う対応を決め、実施し、数値的にモニタリングして記録を残すという、食品安全のためのシステムがHACCPです。このシステムが理解され、浸透すれば、食中毒は減少するはずです。
しかしながら、事はそれほど簡単ではありません。たとえ加熱温度や時間のCCP管理ができていても、菌を媒体し、増殖させるのは、食品の最も近くにいる作業者です。作業者の衛生管理は一般的衛生管理の事項ですが、実際、作業者の末端まで安全対策を徹底させるのは大変困難です。指導的な立場の人が、正しい知識と強い情熱を持っていなければ実現できません。
適切な製造ルールの取り決めと実施。衛生的な機器や備品の準備、その使用に関するルールなど。決めた通りに実施できているかの確認と、できていない場合の指導など、製造作業も担いながらの現場指導者には、とても大きい負担になります。
HACCPは、現実には一般的衛生管理が徹底された上で成り立つ安全管理システムです。これを実現するためには、営業者の食品衛生に対する正しい認識と前向きな取り組みが必要です。そのために、営業成績が苦しく利益の出にくい時期にも、営業車が余裕を持って食べる人の安全を最優先できる、経済的や物理的な環境整備の制作が重要になるでしょう。
巷では、手由来の食中毒防止には欠かせない、衛生手袋などの衛生備品の不足も深刻になっています。ニトリルラテックスの手袋は発注しても入荷しない状況で、いつまでこの状況が続くのか分からないとのことです。すべてを輸入に頼っている食品衛生機材については、マスク同様国の施策が必要です。
新型コロナウイルスの影響はいつまで続くかわかりません。こんな時だからこそ、HACCPを進めようとする立場の国として、今ある危害を正しく認識し、対応することは大切なことだと思います。
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