百貨店の工場調査を担当していた頃、この季節の食品検査サンプル収去では、サンプルを出す方も、持ち帰る方も、ピリピリしていたのを思い出します。食品衛生法や衛生規範で、微生物検査基準が出されている食品では、検査結果が基準値を超えてしまうと、それがわずかな超過であっても販売停止になってしまうからです。
特に百貨店の催事に出店する業者にとって、販売停止は大きな問題です。出店のために準備した生鮮食材はもちろん、そのために使った時間や労力が、すべて無になってしまいます。それを恐れるあまり、アルコールや次亜塩素酸の強烈な匂いがする食品が、検査室に持ち込まれることもよくありました。
食品の微生物検査では、冬と夏では全く様相が変わります。私の経験では、検査結果が変化するのは春は3月から4月、秋は11月です。たとえ加熱調理した食品でも、pH調整などの対策を行っていなければ、夏の高温下では、冬と比べて、食品中の微生物は爆発的に増加します。つまり、日本の気候では、夏と冬の食品安全の対策は、別物として考える必要があるのです。
二昔ほど前の話になりますが、巻寿司を製造する工場に勤めていた頃の話です。
毎年3月頃になると微生物検査結果が急に悪化します。その原因は巻寿司の具のキュウリです。キュウリは野菜の加工業者から、水洗いし、縦10等分にカットして、次亜塩素酸Naで殺菌し、酢酸製剤で処理したものを納入してもらっていました。
同じように処理しても、原体のキュウリの菌数が、冬と夏では10の3乗レベルほども違います。また、キュウリは殺菌してもさほど菌数は下がりません。そして巻き寿司にすると、夏も冬も同じ温度で保存試験を行うのですが、夏には一気に菌数が増加するのです。
キュウリの表面にはクチクラ層という部分があります。その部分はワックスのようになっていて、外部からの殺菌剤のアプローチを阻んでいるのです。その上巻寿司の具のキュウリは、存在感を残したいため、太めのカットにしていたので、殺菌剤や静菌剤が十分作用しません。菌数的に10の1乗減れば良いところという感じでした。
また、これを巻き寿司にすると、カット後の処理の際に細胞が吸い込んだ水分が舎利に浸み出し、17℃36時間ほどで、海苔の表面に酵母粒が出現するのです。
当時、かなりキュウリと闘いましたが、色々処理を重ねるごとに食感や見栄えが悪くなります。結局、夏場はキュウリを使うことを諦め、柴漬け巻きにしたり、巻寿司のしんにキュウリの代わりに軸三つ葉を使ったりしていました。
その後、食品検査の会社に転職し、色々な食品工場の衛生点検をさせていただくことになりました。ある漬物工場での雑談の中で、キュウリの殺菌について聞いたことがあります。
その担当者さんも、キュウリについては色々試されたそうです。しかしながら、結局たどり着いたのは「極力触らない」ということだったそうです。
処理を重ねるほど、外観も味も落ちてしまう。菌数が劇的に減り、商品価値を下げない方法は見つかりませんとのことでした。原料のキュウリさえ衛生的に扱われた、新鮮なものであれば、通常の殺菌・つけ込みが一番結果が良かったそうです。
同じキュウリでも、ざるそばについている細切りのきゅうりの場合、次亜塩素酸Na処理のみで静菌できていました。また、薄切りなどは加熱処理で殺菌する方法もあります。食品により対応は様々です。また、現在ではもっと良い方法があるのかもしれませんが、案外こういう情報は流れてこないもののようです。
キュウリについての思い出を語ってきましたが、菌数制御については、食品の特性や保存条件、食べ方に応じた方法を考える必要があります。原材料の組み合わせや、下処理の方法、加工中の増菌状況、加熱後の二次汚染、保管状況など、汚染の原因は製造する環境によっても異なります。
菌数超過で問題があるのなら、やはり微生物検査での検討が必要になります。食品の中心部に菌が多いのか、外側に多いのか、どの具材が最も多いか。これがわかると対策を立てることができます。
また、いつもは良好な検査結果が、突然悪化して、何も対策していないのに再検査でまた良好になる場合。これは重大な問題につながる可能性があります。突然の汚染はどんな菌によるものか、特にグラム陰性菌によるものの場合、器具やラインの衛生状態や、作業者の衛生について再確認する必要があります。グラム陽性菌の場合は、工程中の作業手順に不備がなかったか確認しましょう。
品質管理の抱える問題は、その施設によって異なります。特に夏場の菌の問題は、この時期にしか改善対策の効果が確認できません。
器具の殺菌、作業者の手由来の汚染防止、急冷と低温管理などをポイントに、工程の再確認を進めてみてはいかがでしょうか。
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