このニュースが7月半ばに報道された時は、発症数の多さに驚きました。原因となった施設は、埼玉県八潮市の小中学校15校に給食を提供するセンターで、給食を食べた約半数の3453人の児童、生徒、教員が、病原性大腸菌07による食中毒を発症したということです。症状こそ軽症でしたが、最近ではついぞない規模の事故でした。
事故を起こしたセンターは、40年以上にわたり学校給食の製造を実施している老舗工場です。リニューアルや改築も行われていて、ホームページで見る工場は設備的にも充実しているように見えます。HACCPについては、埼玉県食品衛生自主管理優良施設確認制度で優良施設に認定されていました。
原因となった食品は「海藻サラダ」で、ボイルした野菜類と、前日に水戻ししたワカメと海鮮ミックスを、ドレッシングであえて製造されていました。
通常はワカメと海鮮ミックスを加熱殺菌して使用するのですが、この日は加熱を実施していなかった。これが食中毒の発生につながったと説明されています。
厚生労働省が提示する藻類の危害分析には、生物的危害は「なし」になっています。つまりは微生物的に安全な原材料ということでしょうか。また原因菌についても、病原性大腸菌O7というのはあまりお目にかからない食中毒菌です。サルモネラ と間違えてるのかなと思いました。
たまたま加熱殺菌を飛ばしてしまったその日に、滅多にいない原材料に、滅多にいない食中毒菌がいて、それが大規模な食中毒が発生させてしまったということでしょうか。
この会社のホームページを見ると、この工場には設備の特徴として、自動ボイル冷却ライン(パスタ・麺・野菜のボイル、冷却自動連続化)があると載っています。ワカメや海藻は、茹でると色が変わります。いつも加熱しているのなら、ドレッシングと和える際に、作業者がいつもと色が違うことくらいわかりそうなものです。
想像するに、ワカメや海藻のような、色が出たり、匂いが残ったりするものをボイルすると、その後の清掃が必要です。そのため、前日水戻しして、その日の作業の最終に加熱殺菌するはずが、うっかり忘れたのでしょうか。でも、それが海藻サラダの重要な危害防止工程であるなら、加熱済みと未加熱の区別ができるシステムがあるはずです。原料を入れる冷蔵庫と、加熱後の仕掛かり品を入れる冷蔵庫を分けるのはあたりまえです。とすると、誰かの許可で、水戻しした海藻は加熱せず、仕掛かり冷蔵庫に入れることが日常になっていたのかもしれません。
私が勤めている工場で扱っている乾燥した青海苔やあおさには、大腸菌は検出されたことがありませんが、頻繁に大腸菌群が検出されます。しかも、乾燥状態で包装後8ヶ月経った後も、大腸菌群が死滅することはありません。乾燥藻類を取り扱う企業が、全て大規模で、衛生的な環境であるとは限りません。原料の品質や製造工程、包装作業時の人由来など、雑多な菌が付着して汚染されている恐れがあります。乾燥しているから増加しないだけで、水分を得ると増殖する危険はあります。
再加熱せずそのまま食べる食品である「海藻サラダ」の製造工程で、材料の加熱殺菌はCCPに相当するでしょう。会社の改善対策でも加熱処理の徹底をあげています。しかしながらその後の工程、急速冷却は装置で衛生的に行えるにしても、冷蔵後に収容する容器や保存環境、ドレッシングであえる工程での無菌的な操作も、危害防止の重要な管理ポイントです。
できるなら、加熱殺菌後の仕掛かり品はすべて清潔なビニール袋に収容し、このビニール袋のままドレッシングと和えて、そのまま配送容器に収容するような工程をお勧めします。無闇にいろいろな容器に入れ替えたり、すくったり混ぜたりするのに器具を使用することで、確実に汚染の機会が広がります。ビニールの口を縛り混合することで、余計な汚染が防げるのです。
また、他の再発防止対策の中に、調理従業員への教育の徹底をあげています。もし、従業員が勝手に海藻の加熱工程を省いていたのなら、会社のマネージメントに大きな問題があります。しかしながら、教育を実施すべき対象者はきっと別にいるはずです。
新しい食品衛生法の中では、食品衛生マネージメントは営業者と食品衛生責任者の2ライン制になっています。
食品衛生責任者にはHACCPや一般的衛生管理について、定期的に地方自治体が行う講習を受講することが規定されていますが、営業者(社長)には学ぶ義務はなく、「食品衛生責任者の意見を聞くこと」となっています。
この食品衛生責任者に課せられる地方自治体が行う食品衛生責任者実務講習ですが、営業許可書き換えのタイミングで召集されるところがほとんどです。3年〜5年に1度。この程度の知識で、原材料に含まれる危害を正しく認識し、危険な判断を防ぐことができるか、失礼ながら甚だ疑問です。
ある程度の規模の会社だと、品質管理の部門を設置していますが、食品衛生責任者は製造部門から選ばれることが多く、専門的な知識を持つはずの品管が、製造部門の決定情報を後で知るというのはよくあることです。
食品衛生の外部国際認証では、社長が食品衛生マネージメントの中心に位置づけられています。そして、社長は従業員への衛生教育を実施することが義務になっています。社長の提唱する食品衛生方針を実現するために、HACCPメンバーを選定し、会議を召集して、色々な立場から意見を出して適切な食品衛生システムを構築するのです。どう考えてもこちらの方が、食品の安全安心なマネージメントに近いですね。
「製品の品質は、社長の品質を超えない」これはいくつもの食品工場を見てきた私の持論です。
せめて、製造工程を見直すときは、作業の中心となるメンバーで構成されたHACCPミーティングメンバーで話し合う機会を作ることが肝要でしょう。
問題が発生した際には、根本的な原因を炙り出し、システムの改善につなげるのが大切です。HACCPを転ばぬ先の杖になりうるシステムにするには、管理者、従業員が納得のいく対策を立て、検査結果を積み上げて確認していくことが大切です。
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