今年の冬は記録的な暖冬になっています。そのためなのでしょうか、今年は1月から、カキの E.coli最確数基準超過による回収命令が目を引きます。
この基準となっているE.coliですが、食品衛生法ではかなり曖昧なまま使い続けられていることをご存知でしょうか。
そもそも大腸菌(Escherichia coli)とは名の如く、温血動物の腸管に生息する微生物の総称です。食品衛生上、大腸菌は食中毒の拡散に関わる重要な管理指標であることは言うまでもありません。
しかしながら検査するとなると、大腸菌であることを特定するために、色々な検査を経なければいけません。それで、食品衛生的な指標として使われているのが厳密な大腸菌とは異なる「E.coli」です。
このE coliについては、食品衛生法の中でも検査法が色々存在しています。以前はE.coli(大腸菌)と表示されていましたが、最近では世界的な食品衛生指標との兼ね合いで「糞便系大腸菌群」と表記される様になっているようです。
一例ですが、冷凍食品のE.coli検査では、EC培地で44.5±0.2℃24時間の培養でガスを発生する発酵管から一白金耳をEMB培地に描線培養し、定型コロニーを釣菌して傾斜培地と乳糖ブイヨンに接種・培養して、乳糖ブイヨンで発泡を確認したものの菌株を検鏡し、グラム陰性の無芽胞性桿菌であることを確認することになっています。
しかしながら、カキのE.coli検査では、1倍、10倍、100倍の各希釈段階の検体を5本ずつのEC培地に接種し、44.5±0.2℃の恒温水槽で24時間培養後、発泡した本数により菌数を最確数表で導き出すことになっています。
最近の回収指示の報告では、「E.coli最確数が330/100gと基準(230/100g以下)を上回っていた」と言う内容が2件続きました。
この230というのは、1倍希釈のEC培地が5本発泡し、10倍希釈が1本発泡した場合の数値です。そして、10倍希釈の発泡が2本になると330になるのです。
この結果を必然と見るか、偶然と見るか。1本と2本の違いで廃棄される膨大な牡蠣を思うと心が痛くなります。
カキはノロウイルス 食中毒の原因になる食品として知られています。この様な厳しい検査を科すのは、牡蠣が世界的にも生で食べられる習慣があるからに他なりません。
カキは海の浄化を担うと言われるほど、多くの海水を取り込みこれを濾過して栄養とします。カキなどの貝類が生息するのは、河口あたりの汽水域です。この辺りは川からもたらされる有機物が多い場所であるからです。
特に中国地方の瀬戸内海に面した河口付近で育ったカキは、丸々として美味しいことが知られます。しかしながら、川からもたらされる有機物の中には、下水処理で処理しきれないヒト由来のノロウイルス も含まれていて、それがカキの中腸腺と言われる部分に蓄積し、これを生もしくは不充分な加熱で食べたヒトに食中毒をもたらすのです。
カキのノロウイルス 検査は容易ではありません。また、個体によっても出現に差があると言われます。いろいろな調査の結果、水域のE.coli数とカキのノロウイルス の存在に相関があるということになったのでしょう。生牡蠣については養殖する水域の海水中のE.coli数に制限があり、カキについても上記の如くE.coliの基準が設定されているのだと思われます。そして、確かに生牡蠣による食中毒は減少していることも事実です。
そもそも海水の塩分は微生物にとっては厳しい生育環境で、特に動物の腸管内で生息する大腸菌は、海中では長く生きられないと言われます。そのため、河口付近から離れるほど海水に含まれる大腸菌は少なくなり、貝が利用できる栄養物も少なくなります。
河口付近で養殖されるカキは栄養豊富で丸々と太っている美味しいものであるにもかかわらず、「加熱用」と表示されることで、粗悪な安物のように誤解されるのは悲しいことです。
一般的に牡蠣は新鮮なものを生で食べるのが一番美味と思われています。ですが実際カキの産地に行ってみると、いくら新鮮でもカキは鍋で茹でたものが出てきます。民宿のご主人曰く、現地の方々は生でな食べないそうで、生で食べるのは観光客だけだと言うことでした。
栄養の乏しい水域で育ち、殺菌された海水で浄化された「生食用」の牡蠣たち。彼らの中にも何らかの理由でE.coliを持つものもいるかもしれません。
通常の冬なら大腸を住処とする菌たちには、冷たい海水は過酷すぎるため、すぐに死んでしまうのでしょう。でも、今年はさほど寒くないため、案外彼らも元気なのかもしれません。
精魂込めて育てられた牡蠣たちの運命が、上記の様な検査の試験管1本の差で決められるのは、どうにも釈然としないものが残ってしまうのは私だけでしょうか。
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