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人由来の二次汚染を防ぐ


 

 私が以前勤めていた工場では、鶏の照り焼きを製造し、大手スーパーに惣菜半製品として出荷していました。

 ある日、その照り焼きチキンの製品検査で、少量の黄色ブドウ球菌が検出されたのです。

 日報で確認したところ、焼成加熱は正常に行われていました。焼成後のチキンは番中に取って、トレイラックで放冷し、手作業で袋に入れ、真空包装後急速に冷凍する工程です。汚染は包装工程で発生していることは明らかでした。でも、袋詰め作業者は、ニトリルラテックスの手袋をつけ、アルコール消毒してから作業するルールです。

 

 問題のあった日に、包装作業に従事していた作業者全員の手の拭き取り検査を行ったところ、若い男子作業者の手から黄色ブドウ球菌を検出しました。本人に確認すると、以前に釣り針で突き刺した傷があったとの事で、傷口は塞がっているように見えましたが、深い傷口からまだ菌が排出されていたのです。

 更に、一緒に作業していたパートさんから、彼が手袋を着けずに作業していたという密告がありました。彼曰く、「手袋をしていたら袋が扱いづらいため、片手は手袋を外していました。傷口から食中毒菌が出るとは知らなかったし…」

 

 結局、彼が携わった製品は、店での完全な加熱が保証できないこともあり、全て出荷停止になりました。

 私としては、手荒れや化膿した傷には、食中毒菌の黄色ブドウ球菌が繁殖していることを、繰り返し教育していたつもりでした。しかしながら、それを聴いている人には、自分のこととして受け止められていなかったのです。

 就業ルールの周知徹底が不十分だったことを、思い知った事例になりました。

 このことがあって、ルールブックの「安全衛生マニュアル」を作成して、入社時教育をするようになったのです。(安全衛生マニュアルについては、ウェブ塾レッスン7をご参照ください)

 

 最近の食品にまつわる話題で、不適切な動画を、面白がってSNSに投稿する、バイトテロが問題になっています。

 世間の不安をあおり、店や会社の信用を傷つけ、株価までも下落させる行為を、世間の注目を引くために簡単に行ってしまうことには、理解の余地もありません。今後、未成年にも相当額の賠償要求が検討されており、その代償は大きいものになるでしょう。

 

 人は、痛い思いをして初めて、してはいけないことについて思い知ります。なんとか、痛い思いをしなくても、それを思い知れる方法はないものでしょうか。

 その答えになるものの一つとして考えられるのが、明確なルールを作り、入社時に同意を確認することです。

 入社時は、最も時間をとって会社のルールを説明できる機会です。この時に、してはいけないことについて、十分説明し、理解したことを確認するため、説明した内容に同意する旨の記録を残すことで、入社後の責任を感じてもらうことができるのではないかと思っています。

 

 しかし、ルールに同意して入社したとしても、人は作業する中で「このくらいならいいか」とか、「自分は大丈夫」とか、「忙しいから」などと言い訳をしてルールを破ります。そして、何もなく、バレずに済んでしまうと、それが当たり前になってしまうのです。

 特に、この性質を持つリーダーの下で働く人たちは、ルールを守ることを軽視します。

 職場のリーダーとなる人には、率先してルールを守り、ルール違反を見逃さない資質が重要です。

 もし、「注意して気まずくなって辞められたら困る」とか、「作業者に嫌がられると仕事がやり辛くなる」という考えがリーダーにあるとしたら、それはその上の管理部門に問題があります。

 結局、社長や最高責任者が、社員がルールを守る環境を作るのです。問題を起こす会社が、それを繰り返しやすいのは、リーダーが正しく判断できるサポートを、正しく行えない管理部門に問題があるからに他なりません。

 

 さらには、採用してしまった「このくらいはいいか」と考える人に、どの様に危険性を教育するかは至難の技です。その考えは、「このくらいのこと」をしても何も起こらなかったという、今までの経験に裏付けられています。根拠のないものではないだけに厄介なのです。この様な人には、「何かあってからでは遅い」ことや、「自分だけは特別」でないことを理解してもらう必要があります。

  私の場合は、「報告連絡することは、カードゲームのババ抜きと同じ。ババを引いた人はすぐに次の人に回さないといけない。報告を止めてしまった人がすべての責任を追うことになる。」と説明することにしています。

 

 最初の照り焼き黄色ブドウ球菌事件ですが、その後、傷がある場合の上長への報告を義務づけ、その場合は照り焼きの包装業務に就かないことを、明確にルール化しました。

 照り焼き包装作業のリーダーには、作業前に必ず手荒れや傷の確認を行って、作業日報に欄を設けて記入するようにし、従業員には、ルールを守っていない人を見つけたら、すぐにリーダーに報告するように指導しました。

 週一度の立ち合い教育の中で、特に感染症や食中毒についての項目を増やしたことは言うまでもありません。

 

 私の経験では、特に若い男性への教育は困難です。人によるとは思いますが、人に指導されたくないとの思いが強いのだと思います。それは、彼らと同様にルールを守らないのが、会社のトップクラスの人であることで裏付けられます。

 若い人たちは、おばちゃん達に監視してもらうのが効果的です。おばちゃん達は消費者の目を持っています。自分たちが作る食品に誇りを持ちたいのです。

  ルールを守る職場は、誰にとっても働きやすい職場です。消費者に自信を持って食品を提供するため、守るべきルールを決め、繰り返し教育し、お互いに確認し合える職場づくりが、人からの二次汚染防止に最も大切なことだと私は思っています。