桜が咲き、ずいぶん気温も上がってきました。食品検査をしていた頃、冬場に低く抑えられていた検出微生物数が、3月頃になると急に多くなるのを経験していました。春は微生物にとっても目覚めの季節なのでしょう。
今回は、先日読んだ『培養できない微生物たち -自然環境中での微生物の姿-』(Rita R. Colwell,学会出版センター)からのお話です。と言っても、内容が難しくて私が理解できたところはほんのわずかですが、ずっと疑問に思っていたことが、ストンと落ちた思いがしました。
まず、ひつつ目の疑問は、私がお寿司の製造工場の品管だった頃、巻き寿司の芯にしていたキュウリの菌数が、11月に下がって3月にまた上がるという検査結果を繰り返していたことです。冬より3乗オーダーほど菌数が増加するのです。その頃の私は、ハウスで衛生的に育った物と、露地で雨土に汚染された物の切り替わりによるものと思っていました。
その他にも、魚の汚染菌であるビブリオは、夏の海水に高濃度に含まれ、魚介類を汚染しますが、冬場の海には見られません。海底に潜んでいると言われていますが、それなら海底の砂の中にいるカレイや、深海魚の類は濃厚に汚染されているはずですよね。でもそんなことはないのです。
他にも、冷凍マグロから菌が検出されないのは有名な話ですが、その冷凍マグロも温度管理を怠ると、わずかな間に微生物が増加し、ヒスタミン中毒が発生してしまいます。
カンピロバクターは冷凍鶏肉では死滅すると言われますが、現に冷凍肉でも食中毒事故は発生しています。
また、感染型のカンピロバクターやO-157は、わずかな菌数で感染すると言われているけど、本当にそんなちっぽけな菌数で食中毒が起こっているのでしょうか。
これらの答えが、多分、この本で紹介されている、微生物のVBNC(生きているが培養できない細菌)化にあるのでしょう。
微生物は貧栄養や寒冷化など周辺環境の悪化により、矮小化(1/1000以上小さくなる場合もあり、桿菌は球菌へと形状を変える)し、生理活性を極端に下げた状態で休眠状態になり、培養できない状態になるというのです。
自然環境では、土中や海水などで生息する多くの微生物が、物質の表面にバイオフィルムとして存在しています。バイオフィルム中の微生物は少なからず貧栄養環境にあり、VBNCで、生理活性を落とした状態になっているので、薬剤や乾燥などに強い耐性を持っています。でも、環境が整うとその一部を放散し、ばらまかれた細菌はまた違う場所でバイオフィルムを形成する。これが微生物の生き残り対策なのです。
このように、ほとんどの微生物は、生きているが培養できないVBNC状態であり、現在では、実際に培地上で確認できているのは、全体の微生物の1%程度に過ぎないことがわかっています。
バイオフィルムでは、複数の微生物が共同体のように物質やDNAを共有していると言われています。矮小化やVBNC状態、またその状態から復帰する機序について、まだ十分解明されていませんが、春になって花芽が開花し、それに合わせて虫たちが活性化するように、季節や気温、他の微生物の動向等が関与しているとの報告もあるとのことです。
カンピロバクターや病原性大腸菌はVBNC化するとのことですので、食中毒原因食品を検査したときには、すでにVBNC状態になっていて、わずかな菌数しか検出されなかったのかもしれません。
カンピロバクターが冷凍すると検出されなくなるのも、VBNC状態にあるためだとすると、冷凍鶏肉にも十分食中毒につながる危険性があることになります。
コ レラや病原性大腸菌では、人体を経由することで活性化されるとのことですので、原因菌を事前に検出することは大変困難だということです。
微生物は宇宙から降り注ぐ隕石に乗って運ばれるとも言われます。今わかっていることは、現時点では微生物の能力のすごさは、ほとんどわかっていないということだけです。
この本は私に、安易にわかったようなことを言うことが、どんなに危険なことか教えてくれた一冊です。
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